『正直じゃいけん』とは、普通のじゃんけんの勝ち負けを逆転させたじゃんけんのことです。じゃいけん、は大阪弁です。これは町田康先生のご著書の書名にもなっています。
私は、この題名から、二つの意味を汲み取りました。二つ目は、『正直じゃいけない』、つまり、『正直であってはダメだ』というものです。
正直に告白しますが、私の本来の本性は、織田信長のような、冷酷非道な、人を人とも思わない、憲法の基本的人権についての立場とは相容れないような、人非人とも言うべき悪逆なものなのです。
だからこそ、人間界で生き延びる為には、不正直でいなければなりませんでした。
そして、そのような生を過ごしてきて、結果として、人間の正義を求める強い意志が、科学より正しく確かだと、証明することに成功したのです。
とある個人の持って生まれた本来の性質は、社会における正義と相容れないこともあるはずです。
そのような個人について言えば、社会の中でその個人の周りの人たちが、その個人が正直であることを良しとするならば、その個人が自分の個性を発揮して社会の中で活躍すればするほど、社会正義と相容れない主義主張が罷り通ることになってしまいます。
つまり、正直であってはいけないのです。個性をまっすぐ素直に伸ばすべきでないような個性を持つ人間、その人間が社会の中で調和を保って生きていき、その人間の個性の発揮が社会にとって害とならない状態に持っていくためには。
不正直に生きる、つまり『社会正義にかなうように生きる』こと、まずはここから始めなくてはいけません。
そのような『躾』を身につけさせること、それが親の立場にある者が、子の立場にあるものへ与えてあげることが出来る最高の贈り物かもしれません。
いずれ、子どもたちは、社会の中で生きていかなくてはならないのですから。
抑え込まれた邪悪な元々の質は、スポーツや趣味など、他者の迷惑とならない活動へとその質を昇華することで、危険で悪辣な、他者に被害をもたらし、被害者には勿論、加害者の家族・親類・縁者にとっても不幸のもととなるような行為、に出口を見出す事なく、消え失せることでしょう。
と、書けと申しております。
蛟龍が。
私は、『蛟龍の巫女』でもあるのです。
漫画の中の話ですけどね。
漫画より勉強しろ。などという人を見下し命令する事をもって、憲法に規定された『教育を受けさせる義務』を果たしていると思い込んでいた腑抜けた輩。奴等の間抜けによって、日々進歩発展している現実の社会は出し抜かれ、骨抜きにされてしまっているのです。今現在。今現在がいま原罪である。腐っていますね。腐敗していますね。『鬼束ちひろ『月光』』この曲をお送りしましょうそのような外道には。
サヨナラ。
RbAbDbWbbMbPbS『来来来世』
「キミの来来来世から僕は
キミを探し始めるよ」
それでは。ご機嫌よう。