「お前。これについて教えろや。」
「あ?何やお前。誰に向かって口利いとんねや」
「お前だよ。曽祖父さま。」
「お前も壊れてんなぁ。頼りになるわぁ。で、どれやねん。」
「『自同律の不快』って言葉や。」
「ああそれな。わかるやろお前それ。わからんかぁ?俺にはそれがわからんお前がわからんわ。」
「いいから。」
「へいへい。同一律とも言うわな。辞書見たか?」
「いや。」
「だからお前、河馬や言われんねん。まだ見てねぇのか。サボるな。自分でやれっつの。お前、俺がMIT卒やからって俺に聞けばわかるやろって、俺に丸投げして何も考えんと俺に会うまで惰眠を貪って、そんな自分が恥ずかしくないのか?」
「……わかったわ。そんな自分にも気づかんかったわ。ごめんな。出直してくるわ。」
「まぁええから聞けや。」
「そか?わからんかもしれんが一応聞くわ。」
「同一の意味を保持すべし。ね?なかなか難しやろ?それは。時刻も変わるし気分も変わるし過程で場面も変わるし。辞書に書いたある意味も、何個もあるし、説明の単語も定義を辿っていくとあっちこっち広がるしな。」
「あぁ、そやな。」
「自同律は思考原理の一つやから、絶対に守らなならん規律なんやが、訓練と学習と実践もなしにそう簡単に出来るわけ無いやろ?そこらじゅう莫迦や腑抜けや愚者や狼藉者や痴れ者や匹夫匹婦や下品下生(げぼんげしょう)や不逞の輩やら、けしからん奴らばっか散らばっとんのにそいつらに。」
「あぁ。そか。ま、そんな沢山は散らばっとるとは思わんが。」
「したら無茶苦茶やろ?思考と称して妄想垂れ流しとるクソガキどもばっかやからな。出来もせんことを出来るかどうか検討することすらなしに自動で出来ると確信して優越感に妄執して、六道の二重スリット実験やわこんなもん。そんなもん不快に決まっとるやろ。それのことやねん。」
「…なるほどな、よくわかったわ。さすがや。さすがはオックスフォード大学博士課程修了者やわ。ありがとな。じゃ。」
「おっと。ちょっと待った。誠意を見せてもらおうか。」
「くっ。何が望みだ。値段も知らんと先に需要を満たされるとは、一生の不覚。」
「クククッ。バカのくせに、道理は弁えとるな。お前だから教えたんだよ。ライオンの真似して時間の谷底に落としてやってもいいが、つまり金銭における貧乏人のお前には長い時間賃仕事せなならん金を要求してもいいが、そんなもんはええわ。儂の囲碁の相手をせい。毎週日曜の丑三つ刻から二時間。」
「うわキッツ。勘弁してくれや。余程谷底やんか。いつまでの期間やらなあかんの?」
「まぁ負けといたる。四半期でええで。」
「……仕方ないな。武士たるもの二言はあってはならない。」
「大変やな。考えなしに侍なんかやると。てか時代の変化による状況の変化、ちゃんとわかっててやっとるか?現代では禁じられた則(ノリ)が多いぞ。こんな理屈もおさめてないお前に現代で出来るとは思えんが。」
「そやな。やっぱやめた。」
「それがええわ。だいたい儂がお前が帰る言うのに聞かしたわけやから、押し売りやがな。そこ気づかなあかんで。」
「せやな。やっぱ無理か。海軍兵学校卒で清華大学卒なんて嘘やろ、どうせハリボテやろておもとったけど、勝ち目なかったわ。どてらい奴やわお前。」
「なんでそんな相手を相手にしてそんな口の利き方が出来んのかわからんわ。」
「別にええやろ。俺とお前の仲なんやから。」
「ま、そういうことなら、金鍔とずんだ餅と砂利飯用意して待っとるから、来るゆうことやな。」
「ちょっと、日曜の丑三つ刻はないやろ。どんな趣味してんねや。瀟洒で閑静な住宅街やないかここは。土曜の昼下がりやったらええよ。急須も用意しといてや。」
「急須だけ用意しとくわ。」
「茶は用意せんつもりか。」
「銘柄指定するくらいなったら用意したるがな。お前みたいなもんは、お冷やや。冷っとしてもらわなあかん。」
「はいはい。おおきに。ほなさいなら。」
「アホが、おととい来んかい。」
帰った。
参考文献:『メタフィジカル・パンチ 著: 池田 晶子』